屋久島旅行記(1)

民宿まんまるにて

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2004年5月17日

尾之間温泉につかったあと安房に戻った。民宿まんまるはゴールデンウィーク後もけっこう賑わっている。みなさん JAL のバーゲンフェアを利用して来たのだろうか? 他の人達は全員登山で来ているようだった。横浜市の壮年登山グループが8名。その他に男女2名ずつの若いグループ。そしてアタシの13名がこの日のお客さんである。

民宿に帰る前に安房のスーパーマーケットに立ち寄った。夕飯のあと部屋で飲む酒を調達するためだ。屋久島では三岳酒造が有名だが、この焼酎は『水がイイ!』ということを感じられる。口に含んだときは一瞬芋クサイが、喉元を過ぎると口の中にトゲトゲした物が何も残らない。要するに、酒を飲んだ気がしないのだ。25度だから決して弱くない酒だが、飲み心地は非常によろしい。

本格芋焼酎・三岳(屋久島)

本格芋焼酎・三岳(屋久島)

それから、スーパーに隣接した漁協の販売所も覗いてみた。すると、トビウオの一夜干しの隣にダツの切り身が並んでいた。その切り身を見て驚いたね。なんと、幅が10センチ以上もあったのだ。

『これが噂の巨大ダツか・・・』

皮はシイラに似ている。そして身の方を見てみると、背骨沿いに青い斑点が並んでいた。大きさは1メートルを軽く超えるだろう。クチバシで刺されたらエライことだ。

まんまるにて

しばらく本を読んでいた。本のタイトルは「日本はどう報じられているか」(新潮新書)

この本を読んでビックリしたのはドイツの新聞が日本をどう報じているかだった。「日本の銀行は事実上倒産している」とか、「日本のGDPの30%は腐っている」なんて書いてあるんだよ。アタシャ最近、『ベンツの数がめっきり減ったな。ドイツは日本以上に不景気だろう』と思っていたが、ドイツの不況と日本の不況は構造的に違うらしい。ドイツの国家財政は日本に比べればずっと健全なのだ。

要するに、日本政府は景気を刺激するために無駄な公共投資を繰り返すだけで借金を返す気など毛頭ないということだな。その点、ドイツはどうかというと、失業者が増えてもジッと耐えて無駄な道路やハコ物を作らない方針らしい。

借金を返す気のない政府が借金して何か作る。それらは景気が悪くなれば結局利用者が減って潰れたり、誰も通らなかったりで採算が合わなくなる。でも、懲りずにまた何か作る。宮崎のシーガイアしかり、長崎のハウステンボスしかり。結局そういう景気刺激策の産物は、海外のハゲタカファンドが1/10以下の価格で買い叩いて存続する。

そう考えてみると日本の繁栄は見た目だけという気がしてくる。本当は1/10の価値しかないものを借金で作って、不良債権を国民の税金で埋めるのだ。みんな怒っているが、それはある意味正しいのかもしれない。だってその分、過去にツケがあるわけでしょ。それらの仕事(景気)は無理矢理創出されたものなのさ。

で、こういうことを考えはじめると日本人は眠くなるわけだ。『あれこれ悩んでも自分にはどうすることもできない。自民党の反対勢力は自民党以下のことしかやってない。明日は明日の風が吹くんだよ。日はまた昇るでしょ、とりあえず永遠に・・・』

2時間ぐらい過ぎた

本を読んで眠くなったので昼寝していたのだ。

“ドンドンドン”

「お食事の用意ができました」

「あ・・・はぁ?・・・はいっ」

食堂に行くと壮年登山隊の人達がすでに食事をはじめていた。年はだいたい55歳から60歳ぐらいだろう。オジサンが2人とオバサン6人だ。

『なんか、にぎやかなオジサンがいるな。この人が隊長だろうか?』

『隊長のオヤジギャグ、痛すぎるぜ。もうちょっと面白いこと言えないのかな?』

食事の方はどんなカンジだったかというと・・・

  1. 前菜:トビウオの酢の物、亀の手、ごま豆腐? 野菜サラダ
  2. 刺身:釣ってきたばかりのグロ(メジナ)、ミズイカ(アオリイカ)、シビカツオ(多分これはハガツオのことだと思う)
  3. 焼き物:アマダイの一夜干し
  4. 蒸し物:茶碗蒸し
  5. 天ぷら:オオバ、海老のチーズ巻き
  6. ごはん:佐賀米(棚田米)
  7. お汁:アマダイの吸い物

ということで、なかなか美味しかった。メジナは磯臭いだろうと思っていたのだが、非常に美味しかったね。屋久島のメジナは美味しいよ。いやホント。

食後のひととき

「明日は縄文杉ですか?」

「いや、明日が宮之浦岳で、明後日が縄文杉」(隊長)

「みなさん健脚ですねー!」

「いやいや、標高1,300メートルまで車で行けるんだよ。だからそれほどでもないさ」

「でも、明日は山に登っても何も見えないんじゃないですか?」

「今日も下の方は曇ってたけど、山頂からは海が見えたそうだよ。重い湿った雲は下の方に降りちゃうのさ」

ということで、翌朝まだアタシが寝ているうちに隊長達は出掛けてしまったわけだが、このあと屋久島は雨、雨、雨という状況になるのだった。隊長達はおそらく悲惨な登山を強いられたことだろう。